相談事例 転職

この記事は約8分で読めます。

和田良子さん(仮名)から問い合わせがあったのは、ちょうどコロナが始まってしばらくのころだった。「フリーの仕事の相談にも乗っていただけますか?」とのことだったので、

ー特殊なお仕事の場合はご回答できかねる場合がありますが、まずはご相談ください。

と、返信したところオンラインでの相談が始まった。

彼女はフリーの「写真家」をしていたとのこと。

10年ほど前にはそこそこメジャーな雑誌の写真も手がけることがあり、自分の名前のクレジット付きの写真を掲載されることもあったとのこと。しかし、ネット社会の隆盛で、雑誌業界が軒並み景気が悪くなり仕事がどんどん減っていった。

またSNSが流行るにつれ、「素人がスマホで撮った写真」でも、そこそこクオリティの高い作品が現れだし、自分の立ち位置がわからなくなったときに、ちょうどコロナが始まり仕事が激減したとのこと。

フリーで仕事を取ってくることができるエネルギーと明るさがあり、画面の向こうにいる彼女の表情は終始明るかったが、それでも時々見せる不安そうな視線が気になった。

ー仕事が減ってしまうと時間が余ると思うのですがどんなことをされていたのですか?

と伺ってみると、「美しい写真の撮り方」みたいなノウハウを提供するサイトを作ってみたけど、それもなかなか集客ができずに困っているとのこと。ここ半年くらいはほとんど仕事はない状態だと、さすがにそのときは伏し目がちで話されていた。

ー経済的な面でもご不安がありますか?

と伺ったところ、初めて長い沈黙が続いた。

そして、長い沈黙のあと、

「実は配偶者がいて、生計はなんとかなっているんですが・・」

と絞り出すようにお話しくださったあと、また長い沈黙が続いた。

初回のご相談は、写真家としての仕事が激減した中で、なんとか配偶者との生活の中で、生計は維持できているところで、和田さんの1回目のセッションのお話は終わった。

2回目のセッション

ー本日は前回の続きからのお話でよろしいですか?

はい

前回お話しくださったあと、心境の変化とかありましたか?

そのように伺うと、

「写真家として一人でも食べていける収入があったときは、自分に自信もあったし、家庭での家事も完全に分担して生活できていました。しかし配偶者もコロナ以降は在宅勤務となり、私自身も外に出ることが少なくなってしまったことで、二人の距離感が微妙になってきたことにも気がつきました」

それからはひとしきり、配偶者に対する不満が続いたあと、また長い沈黙が訪れた。

ーちょっと話が変わってしまったら申し訳ないのですが、一つ質問させていただいてよろしいですか?

と伺うと、「はい」とおっしゃった。

ー和田さん的に、今の悩みとかお辛さは、かなり複合的な要因のように思えます。ちょっとそこから、いったん気持を離してみて、「写真家」として活躍されていたとき、どんな点が面白かったかとか、モチベーションの源泉はどんなことでしたか?

うつむいたり顔を上げて考え込んでいた和田さん。

しばらくしてから「自分は芸術写真家ではなく商業写真家なので、クライアントや広告代理店のクリエーティブディレクターの指示の元で写真を撮るのです。でもそこには「それなりの裁量権」があり、撮影場所を決めるとか、スタイリストの人と、モデルが着る洋服について話し合ったり、むしろそう言うやりとりが楽しかったのかもしれません」

そのように少し明るい表情でお話ししていただいた。

「写真を撮ることはもちろん楽しいのですが、そこは、なんていうのかな、かなり技術的な面が大きいので、自分のスキルを信じて撮影することに集中します。その間は、ある意味「無の境地」というと大げさですが、粛々と取っているという感じなんです。」

「でも、撮影に至るまでのコンセプトを理解したり、撮影場所を決めるロケハンに行ってどこでどんな角度の光が来るかとかを、他のスタッフと一緒に相談しているときの方が楽しかったように思います。」

ーなるほど。何人かの人と「ああでもない、こうでもない」と打ち合わせしながら「こんな感じが良いのかな?」と見えてくるその時の感触が楽しかったという感じでしょうか?

「あ、そうです。全くそんな感じです」

今日のセッションの中で、初めて破顔して笑顔を見せてくれた和田さん。ボクもつられて笑ってしまった。

「チームで何かを作り上げていく感覚、が好きなのかもしれません。写真を撮ることはもちろん大好きですが、どんな写真を撮るのかについて、スタッフと一緒に考えている時間の方が楽しいかもしれません。

ーなるほどなるほど。例えばそういう似たご経験って、もっと若い頃にもありましたか? 中学や高校の頃の話でもいいんですけど。

「はい。中学でも高校でも文化祭の委員になって、企画を考えるのがとても好きでした。その時から写真部に入っていたのですが、写真部のメンバーはどちらかというと大人しい人が多かったのですが、私は文化祭の委員に立候補して、他の文化部のメンバーと文化祭を盛り上げるための木かうをわいわいと考えるのがとても楽しかったです。」

「そういう積極性みたいのものがあったおかげで、新卒の時に、中規模だけどそこそこ有名なスタジオに入社できたのも、そういう面があったからかもしれません。」

そしてその日のセッションは、時間が来たことで終了した。

3回目 最終セッション

今回は、私から話を振る前に、和田さんの方から積極的に話しかけてきた。

「あのあと、実は色々と考えていたんです。私の抱えている問題は、「写真家として生きていくのかどうか」ということだけではないことに気がつきました。先日配偶者の話の中で、「子供を産む産まない」の話もしたと思います。」

ーはい

大学や高校時代の友人たちの中には、もう子供が幼稚園に通っていたり、あるいは不妊治療をしている人が何人かいます。そういう「出産を迎える」という時期に、たまたまコロナで仕事が減り、夫も在宅になり、あらゆる環境や自分の置かれた状況が激変してしまっていることに気がつきました。先日はお話ししませんでしたけど、義理の母から、それとなく「子供はどうなの」的なことを聞かれることもあったことも思い出しました。

ーなるほど。仕事のおけるキャリアの問題だけではなく、ある意味ライフステージの変化に伴う様々な問題に、コロナという要因が重なってきたと・・・

「そんな感じです。ずっと仕事がなくて困ったなあ。夫とずっと家にいるのもなんだか煮詰まるなあ」そんなふうに捉えていたので、どうしたらもっと仕事が増やせるかどうか、そのためにどうしたらいいのか?。そればかり考えていましたけれど、どうもそういうことだけでないんだなと。そう思えるようになってきました。

ーなるほどなるほど。お仕事や、配偶者さんとの問題というだけではなく、自分の長い人生の中のひとコマとして、今を見れるようになった・・・そんな感じでしょうか?

「そうですね、まだ「人生のひとコマ」とまで客観視できるほどではないのですが、仕事を増やすということだけが解決策ではないことに気がついたことは事実です。」

ーこれからどういう道を辿るかはまだ私にも全然わからないのですが、前回お話しいただいた、「みんなでわいわい企画を考える」みたいな要素がある方が、和田さんにとって楽しいと思えるんじゃないかなと私は感じました。

「ああ、そうですよね。一人で「写真の上手な撮り方」みたいなサイトを作っているのって、黙々とやらなきゃいけなく、正直辛かったです。」

ーははあ、確かに似合ってないかもですね(笑)これは配偶者の方との話し合いが必要だと思うのですが、とりあえず生計は問題ないとしたら、出産するかしないかとか、今後のご夫婦のプランについて、話し合うことはできそうですか?

「うーん、少し微妙かなあ。ある意味今まで私も好き勝手に仕事をしてきたし、夫はそれを認めてきてくれてたと思ってたけど、最近の少し煮詰まった感じからすると、どうなのかなあ」

ーなるほど。いえ、何が申し上げたかったかと言うと、これは和田さんご自身の問題だと思うのですが、ご自身で一人で生きていける収入があるのはとても大切だと思うのですが、もっと大切なことは、和田さんご自身がもっと自信を持ってというか、本来の明るさを取り戻せるような、何かそう言う取り組み、それは決して写真とダイレクトに繋がってなくても、収入の額としては少なくても、何かそう言う方向ってないかな?と思ったんです。

「それって、具体的にどんなことですか?」

ー和田さんのお住まいにもよると思いますけど、たとえばコミュニティ誌とか、近所で見かけることはありませんか?

「そう言えばあります」

ーたとえばそう言う団体なり、なんかNPOでも良いのかもしれないけど、そう言うところに参加するみたいな。そう言う団体って、みなさん志は高くてもデザインセンスがなかったり、表現することが下手な人が多いんですよね。和田さんのお仕事の内容を伺っていると、単に写真を撮るだけにとどまらず、「表現を作り上げる」ことに喜びを感じていいらっしゃるようだし、それが元々お好きな感じがするんです。

ここまで話してそろそろ時間が尽きてきた。和田さん自身は少し俯き加減でじっと考え込んでいらっしゃった。

「なんか少し見えてきたような、かえって分からなくなったような」そう仰ってしばらく黙り込んでいらっしゃった。

ーお時間もきたので一応今回のセッションはここで終わりとしましょう。一応規定の3回は今日で終わりですが、次回またお話しを続けたいと思われたら、またご連絡ください。

そう申し上げて、セッションは終わった。

その後しばらく和田さんからの連絡はなく、少し忘れた頃に長文のメールが届いた。その要旨は以下の通り。

「あの後思い切って夫と話したら、コウノさんと同じことを夫もなんとなく考えてくれていたようで。収入とか度外視して、一番好きなことをやってみたらといわれました。」「また、出産に関しても、ちゃんと話し合っていくことができました」「しばらく身の回りを整理しながら、比較的家の近所で、自分の考えや価値観に合いそうな、団体を探してみます。とりあえず家の近くの区がやっているコミュニティセンターで非正規ですけど働くことにしました」「ありがとうございました」

以上

子供の就職、親はどこまで介入すれば良いか?